平野屋

嵯峨鳥居本 平野屋 – 茅葺き屋根の老舗茶屋

京都の嵯峨野の奥、愛宕神社の一の鳥居の側に創業四百年の老舗茶屋がある。茅葺きの屋根は苔むして、レトロ感が漂い、独特の雰囲気を醸し出している。この嵯峨鳥居本一帯は愛宕神社の門前町として栄えたところで、現在でも古い町並みが残ってiいる。この辺りの愛宕街道沿いは重要伝統的建造物群保存地区に指定されており、嵯峨野を観光する多くの人達が訪れている。

火伏せ信仰の愛宕神社

火伏せとは神仏の霊力によって火災を防ぐことであるが、京都の最高峰である愛宕山の山頂近くには全国にある約900社の愛宕神社(東京の愛宕神社など)の総本社である愛宕神社がある。
愛宕神社は、古くから修験道の道場となり、中世後期以降は火伏せに霊験のある神として広く信仰されるようになった。江戸時代中頃からは愛宕山に集まった修験者によって愛宕信仰が日本全国に広められ、「お伊勢七たび、熊野へ三たび、愛宕さんへは月詣り」と歌われるほど栄えた。

平野屋について

平野屋の前身は保津川で獲れた鮎を、京の料亭に卸していた 鮎問屋であったが、約400年前の江戸時代に愛宕神社との縁で一の鳥居の側に店を構えたのが始まりである。現在も名物は鮎料理である。
愛宕神社への参拝は平野屋のある一の鳥居からは2時間ほどの山登りとなるが、平野屋のある場所が平地と山道を分ける分岐点であるため、愛宕神社にお参りする多くの参拝客は最後の英気を養うところとして利用したのであろう。
参拝客に人気があったのは米の粉で手造りしただんご(志んこ団子)である。団子にはニッキ・お茶・白の三色があるがこれは愛宕山の九十九折の坂道を現しているとのことである。多分に参拝客に気合を入れる意味も含まれていたのであろう。
平野屋は現在も料亭を営んでいる。レトロで多分にくたびれた建物であるが、周囲の環境ともマッチして、独特の雰囲気を醸し出し人気を集めている。

平野屋付近の地図

住 所:京都市右京区嵯峨鳥居本仙翁町16
嵐山から徒歩で30分程度かかるが、道筋は洒落た店が多く、散策していても飽きない。

嵯峨鳥居本の重要伝統的建造物群保存地区

嵯峨野の歴史は古く、平安時代以前から開かれ多くの歴史的文化遺産が残っている。

化野念仏寺
化野念仏寺

鳥居本地区は室町末期頃から農林業や漁業を主体とした集落として開かれた場所である。昔は化野と呼ばれ、人々を埋葬する地域でもあった。空海が野ざらしになっていた遺骸を埋葬したといわれ、その場所は現在化野念仏寺となり、境内には夥しい数の石仏や石塔が祀られている。
その後、江戸時代中期になると愛宕詣の門前町としての性格も加わり,江戸時代末期から明治・大正にかけてこの愛宕街道沿いには,農家,町家のほかに茶店なども建ち並ぶようになった。
嵯峨鳥居本
嵯峨鳥居本

嵯峨鳥居本の重建地区は化野念仏寺を境にして町家風の建物が並ぶ下地区とかや葺の屋根が美しい農家風の町並みがある上地区に別れる。
平野屋は上地区の一番奥、その手前にはこれも茅葺きの屋根が美しい平野屋別館やつたやがある。