東京音楽大学奏楽堂

奏楽堂 – 日本最古のコンサートホール

東京上野公園にある東京音楽学校(現東京芸術大学)の奏楽堂は日本における西洋音楽の発祥の地、日本西洋音楽黎明期のヒノキ舞台であった。レトロな木造の建物はロマンを感じさせ魅力的である。重要文化財に指定されている。

奏楽堂の建物

上野公園には、世界遺産となったル・コルビュジエの国立西洋美術館、その他にも国立科学博物館や東京国立博物館など名建築が多いが、私が一番シャッタを押したくなるのは奏楽堂である。近代化が進んだ現在において、レトロな趣きのある木造建築は貴重な存在である。
奏楽堂は東京音楽学校の演奏会場として明治23年に建設された。設計は文部技官の山口半六と久留正道。建物の構造 は木造の地上2階建て、桟瓦葺となっている。
建物の内部の構造は明治の時代でも音楽ホールであるため、音響への配慮や遮音への配慮がなされている。
ホール中央には紀州藩の徳川頼貞が英国から購入し、 寄贈したパイプオルガンが設置されている。
なお、奏楽堂とは本来、建物の中央2階にある講堂兼音楽ホールことであったが、現在は建物全体を指している。

奏楽堂の正面
奏楽堂の正面

奏楽堂の地図

住 所: 東京都台東区上野公園8番43号
JR上野駅を上野公園側に降りて、公園の一番奥まったところにある。上野公園にある名建築を鑑賞しながら歩くとよい。

東京音楽学校について

東京音楽学校は明治20年に音楽教員や音楽家の養成機関として日本で最初に設立された学校である。設立当初は西洋音楽の教育が中心であったが、後に邦楽調査掛が設置され古楽や邦楽の採譜と演奏も行われるようになった。
明治政府が音楽学校に求めたものは西洋音楽を輸入して、従来の日本の音楽と融合させ新たな時代の曲を作ることであった。初めは西洋の親しみやすいメロディーに日本語の歌詞をつけて日本の歌とすることであった。この成果として「小学唱歌集」が編纂された。この歌集には「蝶々」、「才女(アニーローリー)」などが含まれている。その後、新たに「尋常小学唱歌」の作曲が東京音楽学校に依頼されている。その唱歌には「春の小川」や「冬景色」などがある。
奏楽堂では交響曲なども本格的な西洋音楽も演奏されている。

「第九」の初演

1924(大正13)年11月、ドイツ人教師グスタフ・クローンの指揮でベートーベンの「第9交響曲」全曲が本邦初演。女性奏者は着物姿、狭い舞台で男女の学生合唱団がはみだしそうだ。
日本経済新聞 夕刊 2009年3月26日(木) 掲載

「第九」の初演

 現在も現役の演奏会場

奏楽堂の全景
奏楽堂の全景

現在も台東区の運営で、現役コンサート会場として利用されている。木曜と日曜には低料金で芸大の学生が音楽を聴かせてくれるとのことである。一度、このレトロな雰囲気の中で音楽を聴きたいものである。演奏会のない時でも内部は公開されており、関連資料などが見学できる。
なお、奏楽堂は現在修復中である。