同志社彰栄館

同志社彰栄館 – 京都で現存する最古の煉瓦建築

同志社大学今出川キャンパスには近代建築が多く残っている。この彰栄館はその中でも一番古い建物である。また、煉瓦建築としては京都でも京都駅に次いで2番目に古い建物である。重要文化財に指定されている。

同志社彰栄館の建物について

同志社彰栄館は宣教師のグリーンが設計し、大工棟梁の小嶋佐兵衛らが施工し、明治17年に完成した。
建物の構造はアメリカン・ゴシック調の瓦葺きの煉瓦造り。東面に鐘塔と時計塔を兼ねた塔屋、南面の玄関にはポーチ。外観は洋風であるが、内部は間仕切壁や小屋組など、構造形式は純和風になっている。
建築に素人の宣教師が設計し、洋風建築に素人の大工が施工した建物であるが、外観は素晴らしい。美的センスはあったようだ。現在の建物は耐震補強工事も行われているので安全だ。

同志社彰栄館の北面
同志社彰栄館の北面

同志社彰栄館の地図

今出川キャンパスには多くの近代建築があるが、彰栄館は烏丸通の西門から入り直ぐ見えるレトロな煉瓦造りの建物である。構内に入って行くと重要文化財に指定さているクラーク記念館、同志社礼拝堂、有終館、ハリス理化学館やその他にも登録有形文化財に登録されているレトロな近代建築を見ることができる。
[map zoom=”18″ width=”100%” height=”300px” lat=”35.030167″ lng=”135.75975″]緯度経度で指定[/map]

同志社の今出川キャンパスについて

同志社の今出川キャンパスは南側に京都御所、北に京都五山の一つ相国寺と京都の一等地にある。ここはもと薩摩藩邸があったところで、明治維新と東京遷都の混乱の中、元会津藩士山本覚馬が藩邸の跡地を取得していた。
NHKの大河ドラマ「八重の桜」でも描かれたように、山本覚馬は同志社の創立者新島襄の妻新島八重の実兄であり、同志社の設立に尽力し、この跡地を格安で提供したものである。

日本古来の工法が生かされた煉瓦建築

同志社彰栄館は昭和55年に大修理が行われているが、その時、詳細な内部の構造が報告されている。

 また床や天井をはがしていくと、根太組み・小屋組みに、日本古来の継ぎ手の技術が見られたほか、漆喰の大壁の中から、竹と細縄で編んだ壁下地まであらわれた。洋風の外観の中に、しっかりと在来工法が活かされていることからも、当時の京都の職人たちの活躍がわかる。
教室の一階天井から二階床板までの空間には、大鋸くずや籾殻などが敷き詰められていた。これは防音と断熱の効果をねらった工夫だ。このように彰栄館は、日本の先人がうみだした知恵を生かした、日米合作の名建築といってよい。(文化財の修理の現場から)