八日町護国の町並み

八日市護国 – 漆喰壁の美しい町並み

八日市護国は愛媛県の内子町にある伝統的建造物群保存地区に指定された場所である。山裾に発達した街道沿いに、南北約600メートルにわたって漆喰で塗り込められた美しく重厚な外壁の町家や豪商の屋敷などが建ち並んでおり、趣きのある建物が寄り集まったところである。保存地区の中には本芳我家邸、上芳我家邸の様に単独で取り上げてもよいような重要文化財に指定された建物も残っている。

八日市護国への行き、及び付近の地図

本芳我家邸の住所:愛媛県喜多郡内子町内子2888
内子駅まではJR予讃線の特急で松山から25分程度。保存地区までは内子駅から徒歩20分程度である。途中にレトロな雰囲気を醸し出す芝居小屋の内子座や商いと暮らし博物館など観光資源は多い。

観光ルートに従って歩いて行くと、やがて町並みが整った保存地区に入る。少し勾配があり、より町並みの雰囲気を高めている。今まで多くの伝統的建造物群保存地区を見学したが、この八日市護国の町並みの趣きは5本の指に入る。

下芳我家邸

木蝋生産の中心であった本芳我家から分家した家。現在は飲食店になっている。八日市護国はこの辺りから緩やかな坂になるが、坂の下にあるから下芳我家、坂の上にあるから上芳我家というのかもしれない。

下芳我家邸
下芳我家邸

本芳我家邸ー重要文化財

本芳我家邸
本芳我家邸

保存地区の中程に立派な土蔵を持った豪邸が建っている。これが重要文化財にも指定されている本芳我家の屋敷である。本芳我家は、江戸後期から木蝋生産を始め内子の木蝋生産の基礎を築き、その発展の中心となった商家である。明治期には海外にも製品を輸出するほど隆盛を極めた。
建物の建設は明治22年、主屋には漆喰彫刻、鏝絵の懸魚や鬼瓦など、随所に凝った意匠が施されている。土蔵には商標の「旭鶴」の鏝絵が見られる。
本芳我家住宅
本芳我家住宅

上芳我家邸(木蝋資料館)ー重要文化財

上芳我家住宅
上芳我家住宅

上芳我家は、芳我家の分家である。主屋は内子の木蝋産業の最盛期であった明治27年に建設されたものである。
現在は、「木蝋資料館上芳我邸」として邸内が公開されており、木蝋生産の工程の模型や、重要有形民俗文化財に指定されているた内子及び周辺地域の製蝋用具などが展示されている。
上芳我家住宅の庭から
上芳我家住宅の庭から

上芳我家住宅の蔵
上芳我家住宅の蔵

八日市護国の歴史と特徴

八日市護国が属する内子は山間の町であるが、大洲藩と松山藩を結ぶ大洲街道の中間地点にあり交通の要所であった。また遍路道としても43番札所明石寺と44番札所大宝寺の中間にあり、訪れる人は多かった。現在でも遍路衣装を着た観光客が多かった。
18世紀には木蝋の原料となるハゼノキが植えられ、大洲藩の保護と奨励によりこの地方の木蝋生産が拡大した。19世紀になると本芳我三右衛門が画期的な製法を発明して大量生産、分業制が可能になった。パリ万国博覧会などで数々の表彰を受け、内子の木蝋は日本を代表するブランドとなった。明治末には愛媛県の晒蝋生産量が全国1位とな り、その内7割までも内子で生産していた。しかし、原材料の不足や石油などの代替品の登場などで、大正以後は急速に衰退している。
八日市護国は莫大な富を築いた豪商の邸宅や製蝋業を営む長屋棟が連なる街道である。ほとんどの建物が切妻造の2階建てで軒線が通されており、統一感はある。しかし、海鼠壁、鏝絵、虫籠窓、出格子、鬼瓦などは多種多様なデザインを持つものが多く、個性を出している。